私たちにとって、ある出来事の体験とは個別で感性的なものだといえます。それは始まりも終わりも、真偽も定かではなく曖昧なものですが、それだけに他者の想像に開かれており、共感や豊かなイメージを生む源泉となっています。そのような「語りうる体験」の総体を、ナラティブと呼んでいます。
今日の現代美術の世界でも、こうしたナラティブを扱う作品が一般的になりつつあります。作家はインタビューや記録映像、資料などを駆使しながら、観察者や翻訳者として、時に当事者としてナラティブと向き合い、個々の記憶や体験に隠されたコンテクストを浮かび上がらせようとします。観客はそれを受けて、自身の出来事や記憶を重ね合わせながら新たなナラティブを紡いでゆきます。この意味で、作品とは入れ子状の対話構造をもち、未知の関係性に開かれた共創的なメディアであるといえましょう。
本展はこうした理解のもとに、美術におけるナラティブの創造的継承について考えるものです。2016年7月より、出品作家の髙橋耕平、矢津吉隆、山田哲平と横浜美術大学の学生15名がワークショップを行い、ナラティブをテーマとした共同制作やフィールドワーク、ディスカッションを重ねてきました。展覧会では、このワークショップのプロセスとそこからスピンアウトした表現を見せるべく、3人の作家と学生たちの作品を横浜美術大学ギャラリーと渋谷ヒカリエにて展開します。
展覧会のタイトルは、あるナラティブが継承され変化しながら、派生的なナラティブを生み出してゆく姿についてあらわしています。もちろん他者はかならずしも望むとおりにナラティブを理解するとは限りません。誤読に満ち、時に緊張をはらみ、無関心を装います。そこに在る意味を強化し、あるいは脱臼させるかもしれません。その危うさ、不確かさを前提とした他者との関係性、距離感のリアリティについて私たちは考えたいと思います。それは、他者への不寛容が私たちを支配しつつあるこの時代に美術は相互理解のユートピアとなれるか、という問いとも呼応しています。
作家
髙橋耕平、矢津吉隆、山田哲平
横浜美術大学≪夜の学校≫ワークショップ参加者:
阿部萌子、新井銀雅、石井優、井上礼菜、木村仁美、前場裕月、立川弥侑、田中智夏、田辺歩那海、津阪彩香、野崎真由、細谷藍子、堀勇登、牧野康平、渡部咲季
協力
林田新(京都造形芸術大学アートプロデュース学科専任講師)、櫻井拓(編集者)、京都造形芸術大学 ARTZONE、京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA、共同スタジオ凸倉庫、KYOTO ART HOSTEL kumagusuku、Editorial Haus Magasinn KYOTO、池田精堂、有松歩美、小川ひとみ、森野雅子
企画
森山貴之 (本学共通科目 准教授)
デザイン
山田麗音